本稿は私記私論の類であり,学術的な根拠に乏しく,あるいは事実の峻別を欠く内容が含まれ得ることにつき大方の宥恕を乞う.
要旨
本稿は,アブラハム・マズローの欲求5段階説(生理的欲求,安全の欲求,社会的欲求,承認欲求,自己実現欲求)をフレームワークとして,約100年前(1920年代)から現代(2020年代)までの日本における犯罪傾向を分類・分析したものである.警察庁統計,法務省白書,歴史研究を基に,犯罪の主な動機を各欲求階層に紐づけ,件数推移と時代的変化を追跡した.結果,下位欲求(特に安全の欲求)関連犯罪が全体の80-90%を占め,一貫して経済・社会的不安が主要因であることが確認された.生理的欲求関連(性犯罪など)は現代で報告増加,社会的欲求関連(DV・虐待)は孤立社会の影響で顕在化,上位欲求関連は稀少である.時代を超えたパターンは経済変動への敏感さを示し,日本低犯罪率の背景に下位欲求の相対的充足と文化的抑止力が寄与していると考察される.
はじめに
人間の行動を説明する古典的理論として,マズローの欲求5段階説(Maslow, 1943)は広く知られる.生理的欲求(食・眠・性など)を基底とし,安全の欲求,社会的欲求,承認欲求,自己実現欲求へと階層的に上昇するというモデルである.この枠組みは,犯罪行動の動機分析にも適用可能であり,下位欲求の不充足が財産犯罪・暴力犯罪を,上位欲求の歪みが稀な知的犯罪を生む可能性が指摘されている(例: Maslow’s Hierarchy in the Explanation of Criminal Behavior, 2022).
日本では,戦前から現代にかけて犯罪率が国際的に低く推移する一方,不況期に顕著な増加が見られる.本稿では,この長期トレンドをマズロー階層で分類し,1920年代(大正末~昭和初期),戦後復興期,高度成長期,バブル崩壊後,現代(COVID後含む)の変化を概観する.データは国家警察庁統計,犯罪白書,歴史的縦断研究(Vaughn & Tomita, 1990など)に基づく.
マズロー階層による犯罪分類の基準
- 生理的欲求:性犯罪(強制性交・わいせつ),食料関連窃盗など.基本生存欲求の歪み.
- 安全の欲求:窃盗,詐欺,強盗,暴行,殺人,放火など.経済的・身体的安全の欠如.
- 社会的欲求:DV,児童虐待,ストーキングなど.所属・愛情欲求の崩壊.
- 承認欲求:一部詐欺,名誉毀損,組織犯罪(ヤクザ関連)など.地位・評価追求の歪み.
- 自己実現欲求:知的・創造的犯罪(サイバー犯罪の一部)など.能力発揮の異常な形(稀).
犯罪動機は重複するが,主たるものを割り当て,件数推定でカテゴリ規模を評価した.
1920年代(大正末~昭和初期)の犯罪傾向
総刑法犯認知件数は年平均40-50万件(人口比高).経済恐慌・失業・農村凶作が背景.
- 安全の欲求(約80%):窃盗20-30万件/年,強盗・殺人(率35-50/100万人),放火増加.不況による貧困動機が支配的.
- 生理的欲求(5-10%):強姦1,000-2,000件/年(暗数多),食料窃盗.道義崩壊の影響.
- 社会的欲求(1-5%):家族争い・虐待(データ限定的).
- 承認欲求(1-5%):博徒・賭博関連(ヤクザ前身).
- 自己実現欲求(0.1%未満):稀.
下位欲求不満が犯罪の95%以上を説明.文化的調和が上位欲求犯罪を抑制.
戦後~高度成長期(1950-1980年代)の変化
戦後混乱で犯罪急増(1950年頃32.9万件)後,経済復興で急減(1980年代142万件→低安定).殺人率1.1/10万人(1989).
- 安全の欲求:窃盗65%,強盗低.成長でストレス軽減.
- 生理的欲求:性犯罪低(報告限定的).
- 社会的欲求:DVなど抑制的.
- 承認欲求:ヤクザが不動産・株へシフト(白-collar化開始).
- 自己実現欲求:稀.
経済成長が安全欲求を充足し,犯罪全体を抑制.
バブル崩壊後~2000年代の動向
1990-2002年に犯罪ピーク(285万件).失業・貧困で安全欲求関連急増.
- 安全の欲求:窃盗140万件超(2002),詐欺・強盗上昇.
- 生理的欲求:性犯罪安定低.
- 社会的欲求:孤立・家族崩壊でDV増加.
- 承認欲求:ヤクザ略奪活動ピーク(1990年メンバー88,000人).
- 自己実現欲求:稀.
2003-2017年に減少(91.5万件).法強化・経済回復効果.
現代(2010-2020年代)の傾向
COVID影響で2022年から増加(2022:60.1万件,2023:70.3万件,2024:73.8万件).殺人率0.7/10万人(世界最低級).
- 安全の欲求(75%以上):窃盗50.2万件(2024),詐欺5.7万件(+25%),強盗1,361件(+21%).インフレ・格差・人流回復が要因.
- 生理的欲求:性犯罪急増(強制性交3,936件・わいせつ6,992件,2024).2017年法改正で報告しやすさ向上.
- 社会的欲求:DV・虐待・ストーキング増加.高齢化・若者孤立・cyber関連.
- 承認欲求:投資詐欺一部,ヤクザ衰退(2020年代数千人規模).
- 自己実現欲求:サイバー犯罪増加(経済動機混在).
全体を通じた変化傾向と考察
- 安全の欲求:一貫して最多(70-80%超).不況期(1920s,1990s,COVID後)に増加,成長期に減少.経済ストレスが犯罪の最大ドライバー.
- 生理的欲求:戦前/戦後暗数多→現代報告増加.性欲歪み+制度変化.
- 社会的欲求:貧困家庭崩壊(戦後)→現代の孤立社会で顕在化.
- 承認欲求:組織犯罪の白-collarシフト(1980s~)で一部増加も,全体低.
- 自己実現欲求:常に最小.技術進化でcyber一部増加.
日本犯罪の特徴は,下位欲求不満が9割超を占め,上位欲求犯罪が極めて稀である点.時代を超えて経済変動に敏感で,高度成長期の低犯罪は安全欲求の充足による.現代の増加は格差拡大・高齢化・デジタル化の影響を受けつつ,法改正で下位欲求関連が可視化されている.文化的調和(恥の文化,集団主義)が上位欲求の暴走を抑止する役割も大きい.
先行研究では,マズローを犯罪行動に適用したものは存在するが(例: Maslow’s Hierarchy in the Explanation of Criminal Behavior, 2022; 児童虐待関連2024),日本長期トレンドの詳細分類は少ない.本分析は推定を含むが,経済・社会的要因の犯罪ダイナミクスを欲求階層で整理した点に意義がある.
結論
マズローの枠組みは,日本犯罪の歴史的パターンを有効に説明する.安全欲求の充足が低犯罪社会の基盤であり,不充足が不況期の増加を招く.現代課題(格差・孤立・サイバー)への対応として,下位欲求の社会的セーフティネット強化が犯罪予防の鍵となる.今後,詳細データによる検証が望まれる.
参考文献(抜粋)
- Maslow, A. H. (1943). A theory of human motivation. Psychological Review.
- Vaughn, M. S., & Tomita, N. (1990). Longitudinal Analysis of Japanese Crime From 1926 to 1987.
- 警察庁「犯罪統計書」各種年版.
- 法務省「犯罪白書」各種年版.
- Maslow’s Hierarchy in the Explanation of Criminal Behavior (2022, ResearchGate) ほか.

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